家庭教育支援協会
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『足りることになっている』

知らない人から手を振られた経験がおありだろうか。
先日、早朝の飛行機の窓の外で、こちらに向かって手を振る人がいた。そんなことはないのだが、私に手を振ってくれているようにみえて、うれしくなって手を振り返した。整備のお兄さんは、毎回こうやって航空機を見送っているのだろうか。
私は遠距離介護で、飛行機を利用することが多い。これまで窓の外を見る余裕がなかったが、すこし顔を上げると違った景色がみえてくる。

だいぶ前のことになるが、狩猟民族のラコタ族について書かれた本を読んだことがある。
ラコタ族はサウスダコタ州に住むアメリカインディアンだ。そこには現代に生きる私たちが忘れかけている「他者への配慮」が今も息づいている。

ラコタ族の伝統の一つに、「ギブ・アウェイ」という、持っているものをすべて与え尽くすという儀式がある。この儀式は、重い病気が癒えたときや、息子が武勲を立てて、勇者として顕彰されたときなどに、感謝を込めておこなわれる。アメリカの最貧地帯のこの保留地では、いまだにこの伝統が続いている。ラコタ族の「ギブ・アウェイ」の特徴は、特定の人に特定のものを贈らないことだ。弱者といわれる高齢者や孤児などには、最初に一番いいものを渡す。そのうえで、やってきた人みんなにギフトが行きわたることになっている。来た人が50人だろうが100人だろうが、「足りることになっている」のだ。

何人来るかわからない、誰が来てもよい、来たい人がやって来る。予測がつかないのは当然。だからあれこれ思い悩まない。足りるか足りないかについては、自分で判断せず、来る人に委ねるのである。そこには潔いほどの他者への信頼感がある。
だから心を込めて準備をすれば「足りることになっている」し、心を込めて料理をすれば足りないはずはないのである。
待つ側と来る側の暗黙の了解がある。
これこそが、彼らの人生観「他者への配慮」だ。
彼らは、取り分ける料理は、次の人のことを慮って自分の皿に取り分けるのだろう。物質的には、我々のほうがよほど恵まれているかもしれない。しかし、いついかなるときも、「ギブ・アウェイ」のように他者への慮りをしてきただろうか。
ダコタ族は我々に「他者への配慮」という重い問いを投げかける。しかし、当のダコタ族にとってそのような問いは問いですらない。当たり前のことだから。

飛行機が目的地に向かって降下をはじめた。最終の着陸準備に入ったことをアナウンスが告げている。
「足りることになっている」と人生を俯瞰できたとき、私も家庭教育の深みを知ることになるのだろうか。

2014年2月17日
家庭教育支援協会理事長
家庭教育アドバイサー、家庭教育師
世田谷区スポーツ振興審議会委員、関係者評価委員
筑波大学大学院教育修士号、筑波大学大学院一貫制博士課程哲学・思想専攻在籍中

二川早苗