家庭教育支援協会
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子どもの健全な自立を目指して

1.序に変えて
「勉強をしなさい‼ テストがあるでしょ! いい学校に行かないとちゃんとした仕事に着けませんよ!」。小学校も高学年に差し掛かる頃、子ども達の周囲は俄かに騒々しくなってくる。親の剣幕に押され、テスト勉強をして点数が良ければ親や周囲に認められた。その繰り返しで徐々に“テストのため”が“受験のため”にと、認識が希薄なまま変化し、受験で点数を取れるような指導をする学校が「良い学校」だと意識し始める。そして、そこへ進学することで親の期待に応えられ、自分への評価も高まるとの認識が生まれ始めてくる。日本型学歴主義意識の萌芽である。
ここで少し立ち止まって考えてみてください。脅迫されるかのように、効率よく“難関大学合格”に向けた勉強に追われる子ども達。そうして得られた学力や学歴は、彼らが生きる将来の生活に本当に安定をもたらすのだろうか。
「グロ−バル化した経済では、知識こそが最も価値ある技能であり、よい教育はもはや機会への糸口ではなく必須条件となっている。」(‘08オバマ演説より)
とあるように、知識基盤社会へと移行する現在にあって、親として子供が自立する意味をもう一度問い直すことが必要でしょう。
 
2.社会環境の変化
20世紀の日本は、二次産業の隆盛期を経て、そこから生まれた「物質(製品)」を扱う三次産業の時代だった。特に、サービス産業の発展は目覚ましく、いまや電気供給や道路などの基幹サービスを含めると全産業の75%を占めている。
 思春期の子どもが親世代になる30〜35年後の日本の姿はどうだろうか。
1)経済・社会の一極集中からグローバル化による多極分散型へ
2050年には、日本の人口は1億人を割り、生産年齢人口(15~64歳)も概ね5000万人以下に縮小するという(人口問題研究所調査)。消費人口の減少は産業構造の変化をもたらす。競争力のある企業は海外に商圏を求め生産・販売の拠点を海外へ、国内向け製造業は多品種少量生産となる。国内産業はサービス産業が中心となり、扱う商品も形のある“物”から、情報、癒し・安心など、“形のない商品”を扱う知的サービス産業や精神産業などの新産業の発展が見込まれている。グローバル化と共に産業の多様化、分散化が進むと予測されているのである。
 このような産業形態の変化は雇用形態の変化を伴うものである。無期雇用のコア社員、有期専門職雇用、専門性の低い有期雇用など、終身雇用制の終焉と有期契約雇用・能力評価主義の台頭(グローバル競争経済社会)が見込まれる。同時に、これらの変化は労働に対する価値観や評価などの多様化を意味し、労働者の産業スキルの高度化が求められていることを示唆している。
 つまり、知識基盤社会が到来しているということである。
2)「学歴がキャリアを作る」時代から「キャリアが学歴を創る」時代へ
 知識基盤社会とは、知識や技能の習得を前提として、多様な文化、価値観を共有し理解し、その中でうまくやっていき、共同して何かを作り出す能力を必要とする社会を意味する。 
 学歴(学校歴)によって就職機会が振り分けられ、終身雇用の下で企業内教育訓練を経て地位(企業内学歴とも言える)を獲得する。その地位があってさらに次の地位を獲得するチャンスを得る。その繰り返しでキャリアが作られてゆく日本型学歴主義は、学歴(経歴)を個人の人的資本とする「学歴資本主義」と呼べる。終身雇用制の崩壊によって生まれてくるのは、自らの判断によって学習し、獲得した知識・技能が個人の人的資産になり、それを積み上げて行く学習能力が個人の人的資本を創り出す「学習資本主義」へ移行することを表している。
 戦後の経済発展と共に形成されてきた、終身雇用制の下での日本型学歴主義は、人口減少とグローバル化する経済社会の進行とともに学習資本主義へと移行せざるを得ない。
 
3.問われる家庭の教育力
 思春期の子どもを持つ親の多くが感じる“気がかり”には、少なからず進学問題が潜んでいる。そこには“学歴は嘘をつかない”という「学歴信仰」が垣間見える。つまり、学歴取得のための“今”が気がかりなのである。しかし、それは親の経験に基づけば正解であろうが、現実として迎える子供の将来における価値観とは異なって然るべきものであろう。
 予想される知識基盤社会に於いても「学歴主義」は存在するであろう。しかし、そこで言う学歴とは、それ自体に依存するものではなく、主体的な学習によって積み上げたキャリアを示す指標であって、その評価も多様となる。
厳しい受験競争の中で育った親世代には容易くは腑に落ちないかもしれないだろうが、学歴は受験学力という一元的な物差しによる評価でしかない。競争の末勝ち取った学歴(学校歴)は、修得した知識技能ではなく、終身雇用の中での教育効果の可能性の評価指標の一つである。今後必要とされる「学力」は、普遍性から多様性を生み出す能力が問われるのであって、どれだけ早く多くの正解を記憶するかの能力ではなく、継続性のある主体的な学習能力を必要とするものです。
 思春期には、家庭、学校、そして社会とのかかわりの中で、自律→自主性→主体性→価値観・評価の形成→自立へと、大きく変化をして行く。多様な学習環境での、様々な体験や試行錯誤を繰り返して得られた自主性や主体的な学びは、変化する未知の社会での重要な「生きる力」になるといえる。また、その経験を通して、人間性や社会性の伴わない知識・技能の無用性も認識することであろう。 
 教育機関も履修主義から修得主義へと変化を見せ始めている。この時期における家庭の教育力の原点は、子どもを親が安心できる将来にすることではない。親が、子どものオーナーや監督、コーチから離れ、一番のサポーターになって行くのだという意識を徐々に強めることにあるといえる。その中から、次世代を生きる子供に向けた家庭の教育力が醸成されるものであろう。
 
4.私たちの課題
 ‘71年中教審答申の中で、発展途上から先進国へと変貌する日本の、あるべき人材像が示され、「社会の諸領域における、一生を通じての教育観点を見失ったり、学歴という形式的な資格を偏重したりすることをやめなければならない」と忠告している。それから40年以上を経て子どもの諸問題が顕在化し、家庭の教育力の低下や親の子育て意識の問題として表出するに至っている。
 一人の人間として健全に育てられる権利を持つ子どもの自立を目指し、奮闘する親に寄り添いサポートすることを任とする家庭教育アドバイザーは、普遍的な価値観と多様であるべき価値観を見据える知識と、それらに適切に対応できる能力が必要とされる。しかし、信頼されるアドバイザーには、社会情勢に始まり、育児、教育、心理、保健医療、から経済、脳科学に至るまで、広範な知識が求められ、不可能に近いといえる。 
 したがって、活動目的を、1)相談やカウンセリングなどのように、表出した多様な親子の問題に、個々に対応する治療的な立場。2)家庭の教育力を向上させる予防的教育活動をする立場。の二つの専門分野に区分しその分野の中でそれぞれが必要な研究に励み、成果を持ち寄る。それらを集約した「活動プログラム」の作成が当面の課題ではないでしょうか。
知識や精神性をベースにする新産業が次々と生まれ始めている時代、多様な価値観や学びの多様化、主体的な生き方、進路やライフコースへの認識の必要性など、家庭の教育力に依るもの大きいと言える。子どもの健全な自立を阻害するリスクを、予防的見地に立って、親に寄り添いながら軽減できるようサポートすることが、私たちの役割だと理解するものである。
    
2014年6月24日
石井 登
A.C.S.学院代表
家庭教育アドバイザー
進路アドバイザー
学校法人京都外国語大学 京都外国語専門学校非常勤講師 等