家庭教育支援協会
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同じ道

    小学校で絵本の読み聞かせボランティアをしている。わが子が幼いころは高学年のクラスに行くのはちょっと気後れしていた。5,6年生がとても大きく感じられ、どの程度の難易度の本を読めばよいのかわからず、やたら難しく考えていたのだ。
月日は流れ今ではわが子3人のうち小学生は1人となった。高学年を見てもいつの間にやら単純に“子ども”としか思えなくなった。自分の背より高かろうとも中学生でさえかわいいと感じる。
 まだ一人目の子が生後2,3か月だったころを思い出す。プレイスペースへ出かけて行った際、ある子が昼寝から目覚めたと思いきやむくっと自分で起き上がり座ったのを見て驚いた。人間としてごく普通の動きであるが、わが子はまだ仰向けに寝転がって泣くことしかできない。たった数か月違いのその子がものすごく大きく感じられたのだ。

 乳児をもつ母親の悩みは、多くの場合授乳間隔とか夜泣きとか離乳食とかであろう。行政でも民間でも相談先がいろいろ用意されているとはいえ、これだ!という解決策にはなかなか巡りあえない。“子どものペースに合わせて”とか“しばらく様子を見て”など、漠然とした答えしか得られないのだ。
 極めつけは実母および義母。最も身近で頼りになる存在である一方、昔はどうだったとか“神経質なんじゃないの?”というような言葉しか返ってこない。今困っていることを今どうにかしたいだけなのに、まるで次元の異なる会話に突入する。
 しかし、今もし乳幼児を抱えた人から何か聞かれたら、私はどう答えるだろうか。“そんなの一時の話よ”、“どの子も同じよ”、“たいした問題じゃないわ”等々立場変われば…となりがちである。
 私自身子育ての心配事は尽きず、今なら今で思春期の子どもへの対応や高校受験についてなど気がかりは多い。それを先輩ママに相談すれば“そんなのかわいい話じゃない”、“大学受験に比べたらたいしたことない”とか、“就職の方が大問題”と返されるであろう。

現在進行形の悩みは当事者同士でないと分かり合えないものがある。喉元過ぎれば…という論法では、今現在を変えられないもどかしさが消えない。
 もちろん子育ての悩みを持つ人に接する場合、プチ先輩ママとして近い未来を示すことは、子どもの成長に見通しを立てて心構えを持ってもらうという点で意味はある。しかしそれはすぐ効く特効薬ではない。
 もとより子育てに特効薬はない。特効薬はないのだということを何百万年分の先輩が示している。それでもいますぐ効果があるものを求めなければならないほど八方ふさがりな状態に追い込まれている母親が少なくない。そこを理解して共感することが、難しいけれども家庭教育アドバイザーに必要な役割だと思う。
今後わが子が結婚する日が来れば、私も嫁姑戦争をするのだろうか。その前に婚活に口を出してわが子と揉めるのだろうか。私も悩みつつ、その一方で悩む人に寄り添いつつ、何百万年のうちのごくごく一時を母親として生きている。
 
2014年7月21日
家庭教育アドバイザー
沖 由香子