家庭教育支援協会
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15の春

 今春、娘の高校受験が無事に終わった。公立中学校へ進んだ者なら誰しもが通らねばならない試練の時、「15の春」だ。 私はこの一年、自分の受験時代を思い出しては、娘に発破をかけてきた。努力が報われることをただひたすらに祈りながら、いわば、母としての「15の春」を迎えたのである。
 合格発表の朝、最寄り駅から高校までの数分の道のりを、「見に行きたくない」と何度も呟く娘に「大丈夫、大丈夫!」と励ましているつもりが、本当は不安に押しつぶされそうになっている自分に言い聞かせていた。思えば、私は自分の合格発表を「見に行きたくない」と言って、母一人に行ってもらった。家から高校までの長い道のりを、あの時、母はどんな気持ちで歩いて行ったのだろうか? 
 正門を入ると白い紙に合格者の受験番号が網目のように書かれていた。目の良いことをこの日ばかりは恨んだ。あえてぼんやりと眺めていると、娘の番号だけが飛ばされている!蒼白な娘の顔を想像しながら振り返ると、「なんかあるみたいなんだけど、、、見てきて」とうっすら笑みを浮かべている。どうやら慌てていた私は、受験番号を間違たようだ。番号を見つけると、思わず娘を強く抱き寄せ「よく頑張ったね!」と背中をなで、涙が溢れた。 そういえば、あの日、母は学校の公衆電話から「あったよ、おめでとう!」と合格を告げてくれた。たぶん、1台の電話に長蛇の列を並んで掛けてきてくれた電話だったのだろう。不安をただ一人でじっと耐え忍び、抱き寄せる肩もないまま喜びを噛みしめていただろう今は亡き母を思うと、別の涙がこぼれた。
 こうして、私は母になって初めて母の思いを知る。そしてまた親としての心構えができる。
 
 受験は結果が全てではない。その日までの長い道のりに、それぞれの親と子の、それぞれの物語が生まれるのだろう。そして、幾年も脈々と流れてきた家族の歴史を受け継ぎ、新たな物語をまた次の世代へ遺していくのではないだろうか。 
 母になって、母の思いを知る。 それが、母から私へバトンが手渡された時なのかもしれない。
 
 いつの日か、私のバトンを娘が受けとってくれる日を思い描きながら、私にとっての「15の春」をかみしめていた。
 
2016年3月28日
家庭教育アドバイザー
中島 佳世