家庭教育支援協会
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尾形家の家庭教育

 両親や祖父母から学んだことや我が家での教育方針を振り返り、尾形家の家庭教育について改めて考えてみました。私自身は、愛知県豊田市の実家で三男として生まれ、中学校卒業まで実家で暮らし、県内の進学高校に通うために故郷を離れて一人暮らしをし、大学進学とともに上京し、そのまま東京に住みつづけております。

 

 実家は家業として、本、薬、文房具、日用品、たばこを取り扱う商店を営んでおり、店名は『尾形誠意堂』といい、明治22年創業ですので今年で128年になります。その前は町医者でしたが、後継ぎが後を継げなくなり、その弟が『尾形誠意堂』として薬屋を創業し、その創業者の子どもが本屋を始め、創業者の孫の代で新聞配達もし、兄が5代目店主として家業を引き継いでおります。店には店名の大きな看板が掲げられ、学校帰りに毎日『誠意』という文字を見ては、それが尾形家の家訓というか先祖からの教えであると物心ついたころから認識しておりました。

 

 せい‐い【誠意】

 − 私利・私欲を離れて、正直に熱心に事にあたる心。まごころ。(デジタル大辞泉)

  − good faith(Weblio辞書)

 

 〜 自分の利益を第一に考え、それを満たそうとする気持ちから離れて、道理や道徳・法律・作法などにかない、規範や規準に対して乱れたところやうそや偽りがなく、ある物事に深く心を打ち込んで事にあたる心で、他人のために尽くそうという純粋な気持ち 〜

 

 私が小学生の頃には、『お客様は神様です。』が流行しましたが、私の父母もそのようにお客様に丁寧に接する姿を見て、私も本や文房具を買いにくる友人や先輩後輩を『お客様 = 神様』と捉え、人を敬う大切さを家業から学びました。本屋であったこともあり、母から薦められて、世界文学全集や世界の偉人の伝記を読み、発明発見や学ぶことの大切さを学び、祖父からは世界平和や国際親善、祖母からは命の大切さ、父からは交通安全や防災や健康の大切さについて学びました。また、夕方から夜にかけて、父が商品の配達に出かけると、来客対応する母の代わりに夕食の買い物や夕食づくりや後片付けも担当し、生活のために必要な習慣を身に付ける機会には恵まれたと感じております。

 

 我が家の教育方針としては、お恥ずかしいことに平成22年の息子が通う小学校PTA主催の家庭教育学級でヒントを得て、『青少年が安全に安心してインターネットを利用できる環境の整備等に関する法律』の第六条(保護者の責務)に『自らの教育方針』という文言を見つけ、妻と話して慌てて掲げたものが、『憲法と法律に基づき、学校の教育方針、校則に沿って、憲法と法律を遵守できる成人に育てる。学校教育に支障のないように、校則を守れるように、育てる。』でした。その後は、『子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るよう努める』ことを念頭に、『早寝早起き家族一緒に朝ご飯』、『学校、家庭及び地域住民等の相互の連携協力』等を意識して日々の家庭教育に奮闘しているところです。

 

 私が実家で学んだことと妻が実家で学んだことを融合して、本当に大切と思えることを子どもたちへ伝えていきたいと考えておりますが、『誠意』の解説の中にある、『自分の利益を第一に考え、それを満たそうとする気持ちから離れて、他人のために尽くそうという純粋な気持ち。』というものは、親が子の幸福な成長を願い想う気持ちから芽生え、親から子へ、そして子から孫へ家庭教育を通して受け継がれていくとよいものではないでしょうか。

 

2017年7月17日

家庭教育支援協会理事 尾形有三


 


VIVA ! 高齢社会!!

  厚労省「人口動態統計2015年」によると日本の老齢人口は総人口の26.6%で平均寿命は男性80.76歳、女性87.05歳。高齢化率は主要国(日,米,独,仏,中,韓,スウェーデン)中1位だったという。2025年には老齢人口は30%を超えると予想されています。私たちはこの高齢化日本をどのように評価すればいいのでしょう。

 かつて石原慎太郎氏が「文明がもたらしたもっとも悪しき有害なものはババアなんだそうだ。」と発言して大きなひんしゅくを買ったものですが、後に生物学者の福岡伸一氏は「ババア及びジジイの存在がもたらしたものこそが文明だったのである」と反論されています。二人の論拠はともに「生殖期間が終わった後も30年にも及ぶ“老後”がある生物は人間だけだ。」でした。

 老後の存在という人間の特性が、石原氏の言うように、有害(不利)なものであれば進化の過程で消滅していたはずです。しかし、現実として受け継がれている以上、人間にとっては有利な特性だと言うことです。福岡氏はその有利さについて「次世代の子育てを手伝い、知恵・知識を遺伝子とは別の形で手渡すことが、ヒトが生き延びる上で欠くことができない価値を持ったから。」と述べています。つまり、知恵や知識を次世代に伝え続ける文化を担ったジジイ、ババアがいることそのものが文明であると言うことです。

 とかく高齢社会といえば、何もできない無駄で金のかかる人間が多い、進歩のない暗い社会をイメージしがちです。しかし、存在そのものが文明であるジジ・ババの多い社会はそれだけ、受け渡すべき知恵や知識、体験が数多く多種多様にあると言うことでしょう。その分、それまでとは違って大きな可能性を秘めた明るい社会であると言えます。

 私自身、子どもの教育を生業としてきました。“教える”ということは、「知識」を「食べ物」に例えると、“知識を食べやすいように「美味しく」調理をして、より多く食べさせること”だと考えていました。つまり、たくさん食べさせることが健康に育つことになると考えていたのです。子ども自身が食べたいと思った時に、思ったものを、食べたいだけ食べさせた方が、結果的に、大人になった時に必要な栄養分が多く取れていることに気付いたのは、恥ずかしながら、50歳に手が届くようになってからです。「急がば回れ」の意味を実感させられました。以来、子ども達が自分の力で食べられるように、培い、時には背中をさすったり叩いたりしながら寄り添い、成長を見守ることが私の仕事だと思っています。

 本来、このような子どもの“学ぶ力”は、家庭の教育に依るところが大きく、保護者の理解が重要です。従って、私の「老後」は家庭教育という文化を次世代に伝える役目を担っていると言えるのでしょう。

 私以外にも、次世代に伝えておくべき知恵や大切なことを持っている老後世代の人はたくさんいる筈です。彼らが一歩前に出て、行動できたならば、世界で最も早く到来する日本の高齢社会は、希望に満ちた文明社会へと進化を遂げることでしょう。

 全ての高齢者たちよ、声高らかに叫ぼう  VIVA  高齢社会 !!

2017年6月12日

家庭教育師・家庭教育アドバイザー

進路アドバイザー

石井 登


電車

 電車に乗らなくなってどのくらい経つだろう。私は首都圏出身だが、首都圏では電車に乗らない日などあっただろうか。ここ10年以上、夫の転勤に伴い地方をめぐっている。県庁所在地であっても、どこも車社会ばかりだ。帰省したときだけは電車に乗る。電子マネーのカードを持っていないので切符を買う。今どき券売機上部の料金表を見上げている人なんてほぼいない。

 今は石川県の金沢市に住んでいるのだが、在来線の改札口はこの4月にやっと自動改札になったばかりだ。しかし観光客の利便性を図るために、駅ビルの店舗などでは先行して鉄道系電子マネーを導入するという矛盾があった。

 新幹線が開通してから、市は観光客向けのバスの案内に力を入れている。しかし、小さな町を観光するには徒歩が一番効率が良い。案内板が少なくて迷うという要望を受け、あわてて歩道に路面サインを増やすなどの対策に追われている。首都圏の人は日ごろからよく歩くということをわかっていなかったのだ。

 私もかつてはよく歩いた。毎日家から駅まで歩く。乗り換えのために駅の中を歩く。中学から電車通学だったが、大変というより駅周辺で買い物をするなど楽しみも多くて飽きなかった。しかしそれは時間と体力の無駄だと、引っ越し早々我が子の塾で言われた。近所に評判の良い学校があるような地域に社宅が建っているという面もあるだろう。私も近い方が楽だということはよくわかる。

 そうだとしても私は生活の範囲の狭さが気になる。小学校まで徒歩10分。中学も同じ。高校生になっても生まれてこの方徒歩圏内から出ない。自分の親とすれ違うような見慣れた風景の中で、毎日家と学校を往復するだけ。世の中はもっと広いのにそれでいいの?と思ってしまう。もっと外に出ようよ!と思ってしまう。

 金沢市に来て2年弱。現在長男は自転車で30分、次男は徒歩10分の高校に通っている。30分が塾に無駄だと言われた距離だが、電車に30分乗るわけではないのでそう遠くはない。欲のない次男は次男で、寄り道する先がなくても問題ないらしい。何が普通だとかこうあるべきだとか決めつけるつもりはない。ただやはり、広い世界にはもっと異なるライフスタイルもあるのだということを知っていてほしい。

 春休みに帰省した際、東京駅構内のお店で『君の名は。』グッズを見かけた。昨夏に公開されたのに、いまだに上映が続く人気作だ。私が気になるのは、ロマンチックな内容よりなにより主人公の高校生たちの生活風景だ。東京と地方の対比が印象的な映画だと思った。

 

2017年5月8

家庭教育アドバイザー

沖 由香子


みなし家族

友人2名と、ミャンマーのヤンゴン市にある老人施設を訪ねた。広々とした敷地に建物が数棟、手入れのよい南国風の庭。行き交う職員が笑顔で会釈。待合室には3台のホワイトボード。1台1カ月分で、日毎にビッシリと書き込みあり。寄付者の名前と寄付物らしい。長い通路の両側の白い壁面には歴代の寄付者が名を連ね、そのなかにタイガーバームの名も。

 

施設長と面会。設立経緯と歴史、身寄りのないお年寄り300名を収容、入居に際しての面接が3回、医師・看護師・理学療法士が常駐、入居費・食費・被服費・医療費(病院での治療を含む)が全部タダ、死後の整理までタダ、100歳超が数人(ミャンマーは平均寿命60歳)、相部屋だが広いのでプライバシーは保てる、瞑想タイムあり(仏教国)、全員にサプリメントを配っている、などの説明を受ける。

 

運営資金はすべて寄付で、国の援助は微々たるもの。ひとつ一つが日本と異なるので驚き。一番の驚きは施設長の“あなたがたが今寄付をしたいと思っても、3カ月待ってください”の一言。寄付をするのに3カ月待つ? ありえない・・・。

 

さらに一言、“介護方針があなたの国とは異なります。日本では入居者をお客様として扱い、お客様サービスを提供しますが、私たちはそうではありません。家族として支えるのです”。この違いはどういうこと?

 

滞在中、ミャンマー人の若いご夫婦宅でお世話になった。子どもは女児が一人の一般家庭なのにお手伝いさんが2人もいる。2人とも若い。一緒に食卓を囲み、同じものを食べている。住み込みで、家族の一員のようである。お互いに面倒を見合い支え合っている。

 

帰国してからも、医療や介護のありかた、育児や教育について、官と民との役割、国・社会・制度のありかたなどいろいろ考えるが、いつの時代も家族が基本であり土台である。いじめ・うつ・介護殺人・クレーマー・・・、現代に生きる私たちは、ともすると家族の問題を国の問題にすりかえ、責任を問う側に回るきらいがある。私たちが今できることは何か?家族とは何か?を真剣に問う必要がある。その上で、家族がいなければ、「みなし家族」を入れて、本物の家族のように暮らしてみるのはどうだろうか。

 

平成29410

日本セラピスト育成協会会長

岩田一夫


人生の旅支度

双子の息子たちの大学受験が終了しました。春からは新たな生活がスタートします。

これまでになく長く感じた時間でした。

双子兄は高校野球を1年生の終わりで辞め、2年生からは大学受験に向けてチャレンジが始まりました。双子弟は3年間高校野球を続け、引退後夏から受験モードにシフトしました。正直二人ともいわゆる「秀才」タイプではありません。特に兄は「ビリギャル」ならぬ「ビリ男」だと自分でも言いつつの受験でした。高校は違いますが付属校のためそのまま大学進学という道もありました。

長い時には1日14時間の猛勉強にも関わらず、結果が出たり出なかったり、「さあ難関を突破してやるぞ」と前向きな日もあれば、「受験しようなんてどうして考えたのだろう。合格するなんて無理だ」と涙に暮れるもありました。それと同調するように私自身も落ち込み、彼らの苦しみが乗り移るかのようで、心の中はいつもどんより曇っていました。本当なら太陽のように子どもたちを明るく、温かく照らし、励まさないといけないと分かっているのに非常につらいところでした。どうしてあげれば良いのか分からず、これまでの育児を反省し、自分を責め、苦しすぎて、何かヒントはないかと本屋さんに育児本を探しに走ったこともありました。しかしながら答えは見つからず、合格することを諦めかけ悶々と過ごしました。

テレビなどで流れる「諦めなければ夢は叶う」という言葉を到底信じることなんて出来ない心理状態ではありましたが、兄の塾の女性ベテラン先生、弟の塾の講師は、彼らを根気強く励まし、支えてくださいました。受験に関しては、親以上に心の支えとなったそうです。

 

受験が終了した今、受験勉強に明け暮れ、一喜一憂する17歳の子どもたちを見て心身ともに疲弊してまで、私が大学で学んで欲しいと願った意味は何だろうと考えました。

その答えが明確になりました。「旅支度」です。子どもたちは、人生の旅に出ます。旅に出てしまうとすぐに助けてあげられません。親は少しでも快適に過ごせるよう必要な食糧や着替えなどを鞄に持たせようとするのと同じように、人生の荒波を乗り越えるための「知識と知恵」を持たせようとしたのだと気づきました。人生は選択の連続です。より良い選択ができるよう「知識と知恵」を大いに使って生きて欲しいです。

今さらながらの発見もありました。自身が受けた両親の愛情です。このような思いをして育ててくれたのかと思うと言葉では言い尽くせない感謝の気持ちでいっぱいになります。そして太陽のように温かく照らしていてくれたことを思うにつけ、荒波を乗り越える勇気が出ます。

旅の支度をしたら後は送り出すだけです。旅の鞄には「愛情」もたくさん詰めて、「行ってきます」という子どもたちに笑顔で「いってらっしゃい」と声をかけたいです。

 

                                2017年3月14日

                       家庭教育アドバイザー・家庭教育師

AEAJアロマセラピスト

米 靖子