家庭教育支援協会
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梅ちゃん先生

 ここ数年、NHKの朝ドラなど見る余裕もなかったのですが、今回の「梅ちゃん先生」はなぜか続けて見ています。一度見始めるとこれがなかなかおもしろく、話の筋についつい引き込まれ、たったの15分なのに、いやたったの15分だからこそ、明日はどうなるのかしらと毎日が楽しみになっています。

 

「梅ちゃん先生」は、見ている方はご存知と思いますが、戦後の混乱から復興していく日本、そんな中で暮らす主人公梅子が家族や周りの人たちとのかかわりの中で人として、また医者として成長していく姿が描かれています。梅子を演じる堀北真希さんは、映画『3丁目も夕日』でもお若いのにどこか昭和を感じる女優さんで、私は大学生の息子共々ファンでもあります。

 

 梅子の家族は、一昔前の日本の典型的な家族。思わず懐かしい気持ちになってしまいました。厳格な父親、いつも優しく家族を見守る母親、たまに言いたいことは言うけれど、それ以上はでしゃばらない祖母、優等生な姉兄たち。普通よりちょっとハイソな家庭でしょうか。どことなくドジでお勉強もイマイチな梅子ですが、一念発起して医者をめざします。 

 

 さて、主人公梅子を見ていて、感じたことがあります。「素直さ」です。もちろん、その子供がもともと持ち合わせているものでもあるのですが、この「素直さ」・・・物事をまっすぐ受け止める力とでも言いましょうか(何でも人の言うことを聞くという意味ではないですよ!)、それは家庭の中から育っていくものではないでしょうか。ドラマでは失敗の多い梅子を家族一人ひとりがそれぞれ上手にフォローしているように思います。時には厳しく、しかしあくまでも一人の人間として尊重し、「見守り」「待って」いる姿です。だからこそ、梅子は家族に対して感謝の気持ちや尊敬する心を持ち、それを素直に表現できる子なのだと思います。

 

 案外、子供の成長にとって「素直さ」は「隠し兵器」だと私は思っています。「素直さ」を持っている子供はいろいろな面で伸び代も大きいように子育てをしながら感じました。 現代の家族には当てはまらない部分もありますが、家族のあり方として学ぶべきヒントがたくさんある「梅ちゃん先生」。梅ちゃんもいよいよ結婚。今後の展開は・・・?私の朝のお楽しみドラマ、おススメです。

 

 なお、私は決してNHKの回し者ではございません。 誤解のないよう・・・。

2012820

家庭教育アドバイザー

民生児童委員

攝待 逸子


ご近所のありがたみ

この頃、顔は見たことはあるけれど誰だか分からないおばあさんが、夕方訪ねてきて「これ今まで知らなくて遅くなったけど、お母さんのお見舞い。お父さんが亡くなった時にきてもらったし」と、お金の入った封筒を渡されようとしました。父が手を離せなかったので私が玄関先に出たのですが、これはいけないと思い、父を呼んできました。だって、母が倒れたのはもう十年以上前ですし、誰だかよくわからない人からお金は受け取れません。

 

父が話を聞いてその封筒を受け取ってきました。

その方は道路を挟んだ向こう側の奥に住む80歳も過ぎた方でした。つい先日ふっと意識が途切れて倒れたことがあり、すぐ裏のお家の方が「ものすごい音が聞こえた」と様子を見に行ってくれて助かったということがあったようです。

それまでは近所付き合いをされない方だったようですが、ご近所のありがたみを身に染みて分かったということ。そこで、ご主人が亡くなったときにお通夜に行き、朝のゴミ出しの時にも会えば「おはようございます。」と声をかける父に、これからよろしくお願いします、ということだったようです。入っていたのは大きな額ではありませんでしたが、お隣にも行かれたようで、老年の女性一人暮らしには、決して小さいお金ではありません。

でも、そうまでしても気にして声をかけてもらいたい、というお気持ちで持ってこられたお金ですので、受け取ることにしました。

 

これはお年寄りのエピソードですが、私が自分のお仕事を通して虐待をしてしまう親の背景をみると、やはり近隣と付き合いがなく、ママ友もいない、ご自分の親御さんとも断絶状態という孤立したお母さんが非常に多いことが分かります。くだらないおしゃべりをするお友達も近くにいないのです。ご主人が話を聞いてくれるから、というお母さんも、やはりご主人にはお仕事があり、サポートはごく限られます。お母さんたちは、捌け口のない不安やストレスを抱えて毎日一生懸命です。小さく見えても当人にはものすごく大きな悩みを吐き出せず、ストレスはどんどん降り積もり、矛先は弱いものに向かいます。

 

あるお母さんが、子どもを連れてお散歩していたら、ご近所の人から「お母さんとお散歩いいわね」とか「男の子?女の子?可愛いね」と一言声をかけられ、「ひとりじゃないんだ。頑張ろうと思った」と涙をにじませて報告してくれました。また別のお母さんは、気の合うママ友が一人できたことで、見違えるように明るくなりました。

 

人間はコミュニケーションが必要な動物です。どんなに孤高の人に見えても、一人で幸せなんてことありません。「おはようございます。」「今日も暑いですね。」「お出かけですか?」 ちょっと笑顔の挨拶で良いのです。声を掛けるのが苦手で、アクションを待っている人がいます。一人じゃない、透明人間じゃないと知らせてあげることで、安心できる人がいます。

お互いちょっとの笑顔で、ご近所だけどひととなりの分からない疑心暗鬼もなくなり、そしてお返事がもらえたら、爽やかな気持ちにもなれますから、一石二鳥ですね。ぜひ、すれ違う人に声を掛けてみてください。

 

…私ももうちょっと元気な声で挨拶しようかな。

 

2012831

家庭教育支援協会 理事

家庭児童相談員

田光 江実子


世代を超えた「うきうきコーラス」で家庭にハーモニーを

  はじめまして!静岡支部の今井まゆみです。
今、私は世代を超えた「うきうきコーラス」を地域の音楽文化振興のために貢献したいと考え実施しています。将来的には、各家庭で世代を超えたうきうきコーラスが聞こえてくる情景を思い浮かべながら・・・。

 

1963年から1966年までNHK総合テレビで毎週日曜日のお昼ごろ、「ミッチと歌おう!」という番組が放送されていました。指揮者のミッチ・ミラーと男性合唱団が名曲を上品にアレンジして軽やかに歌っているのを、毎週ワクワクしながら欠かさず見ていました。「古くても旧友のような素晴らしい歌がある。皆さんと一緒に歌えば、さらに楽しい歌がここにあります。さあ、歌いましょう!」と聴衆も一緒に歌おうと呼びかけるスタイルの番組でした。ミッチ・ミラーもテレビ画面の方を向いてニコニコしながら上品に指揮をしていました。

気取らなく、暖かく、優しい彼らの歌声は私を夢中にさせました。世代を超えた「うきうきコーラス」の原点なのです。

 

コーラスは一人ではできません。自分のパートを歌いながら違うパートを聞き、ハーモニーを体感します。本当に美しく気持ちが良いのです。

一緒に歌うことで、人間は一人では生きられないことを教えてくれ、ハーモニーのバランス感覚を養うことで相手を思いやる心を育ててくれます。

このコーラスの精神を家庭の中に取り入れ、世代を超えたコミュニケーションのツールとして使って欲しいと考えています。そして、世代を超えた絆を深める子守歌のようになって欲しいと考えているのです。

201286

生涯学習音楽指導員ネットワーク・静岡会員

ドラムサークルSweet&Beatクラブ主宰

Kimika Vocal House 主宰

ヤマハPMSボーカル・コーラス講師

今井まゆみ(キミカ)


こちらこそ、ありがとう

いくつになっても誕生日は特別ですよね。

「生まれてきてありがとう」「元気に育ってくれて嬉しい」と祝ってもらうと、愛されている実感と安心できる居場所の再確認ができます。

 

この春、私が結婚前に勤めていた児童養護施設で担当していたI君が無事に高校卒業・就職して巣立って行きました。I君が高校1年生の時、担当職員も替わって精神的に不安定になり、高校生活も挫折しかけた時期に、施設長でもある夫から「I君の誕生日に会いに来てくれないか」と声を掛けられました。

 

カードと少しおしゃれな菓子を持って、当時3歳の息子、0歳の娘と一緒にI君に会いにいきました。短い時間、寮の外で立ち話をした程度でしたが、担当だった幼児期の思い出話しをして、心配している事を伝え握手をしました。

当時、実子を連れて施設に行くのは、年少の入所児童の心情などに配慮して、主に中高生の寮で行われる行事の時だけでしたが、これを機に、I君以外に担当していた子どもたちの誕生日にも、必ず息子達と一緒に会いに行くようになりました。

 

その後、I君は職員や学校の先生方をはじめ多くの人に支えられながら落ち着きを取り戻し、学業とスーパーでのアルバイトを2年以上両立させ卒業しました。スーパーも近所なので買い物で会えば、他人の振りもせず必ず声を掛けてきてくれました。

就職の配属先は他県でした。息子達もI君のことが大好きで、一緒にお別れの外食に行き、別れの挨拶の時はI君に抱きしめられて唇を噛みしめたまま泣いていました。

旅立ちに送った「いってらっしゃい」のメールに「担当でよかった。ありがとう。」という内容の返事をもらいましたが、こちらこそありがとうの気持ちで一杯でした。

 

5月に偶然、夫の誕生日前日に遊びに来ました。私達に会う前に、近所のケーキ屋で円いショートケーキを買ってきてくれました。初給料でした。言葉だけでも十分嬉しいのに。慣れない環境の中で苦労して手にした尊いお金を使って祝いたいと思ってくれた気持ちに感謝と感動でした。

一緒にケーキを食べながら、翌月の彼の誕生日のリクエストを聞きました。すると「円いケーキかな。フルーツタルトがいいな。」と言い残し、翌月、休みが取れるとまた顔を出してくれました。

面会していた会議室に居合わせた職員も一緒にタルトにロウソクを立てて祝いました。そして「また、来年もお祝いしたいね。遊びにきてね。」と約束を交しました。

 

こうして卒園生が元気で訪ねてくれるととても嬉しく、励みになります。「あの時は大変だったよ」と笑いながら話す子どももいます。大変な時期を一緒に乗り越えてきたからこそ職員達と笑って語りあえるのです。

時に親も職員も、子どもの将来を思えばこそ、心を鬼にして叱る事があります。ふて腐れたり、関係に不安が生じたりしてお互い切ない思いを抱える事もあります。しかし、大人が諦めたら子どもは何を信じれば良いのでしょうか。何があっても大人がその子どもの将来を信じて寄り添い、向き合っていく覚悟と実践を日々の生活の中で積み重ね伝えていく事が、その子どもの自立を後押しに繋がると改めて教えられのでした。

 

現在は、夫の仕事の都合で学園の敷地内の建物に平日だけ住んでいます。息子も学園の子どもと登下校し、妹も一緒に遊んでもらっています。

誕生日をきっかけにした交流と、息子ののんびりな性格もあって受け入れてもらえ、昼夜問わず子ども達が訪ねてくるようになりました。私は今は職員ではありませんが、見守りおばちゃんとして子ども達に寄り添っていきたいと思います。

 

2012730

家庭教育アドバイザー

矢部恵美子


植物から学ぶ子育て

 私は、自然療法のセラピストであり、また講師として活動を行っていますが、ただ自然素材の薬効を利用したケアを伝えることだけではありません。自然療法を伝えるためは、家庭教育を伝えなければならないことが多いのです。自然療法と家庭教育はとても共通しています。自然療法というよりも、自然との関わりはまさに子育てに共通することが多いということです。今回はひとつの私の体験から学んだことをお伝えします。


 私の子育ては、1200gで生まれた長女からのスタートでした。育児書は全く役に立ちません。それが分かってはいても、術が分からず方法を求めてしまうのです。

誕生した当初は、「生まれてきてくれただけでも十分」だと思っていた気持ちから、少しずつ「元気であればいい」「普通であればいい」・・・・と子どもに対する「欲」を高めてしまい、結局、育児書に追いつこうと必死になっていました。それでも私は自然療法を学んでいたわけですから、育児書よりも、もっと有効的で、より良いものを目指し、とさらにハードルを高めていたのです。

 特に食事にはできるだけ良い素材を取り寄せ、自然療法で学んだ知恵を生かし、手作りしていました。頭の中では栄養もカロリーバランスも薬理効果も加わり、パーフェクトだと思っていたのです。 しかし作った食事を強引に与えようとしていたため、娘には食事が苦痛となったのです。口から出したり、一口食べては遊んでしまったり、せっかく食べても吐いてしまうのです。

 「あなたのために頑張っているのに・・・」そんな気持ちが強かったので、悲しさと悔しさと怒りと焦りという、まさに負のエネルギーに包まれた、悲しい母となっていました。

 「私は何のために自然療法を学び、子どものために役立てようとしているのだろう。」そんなことを自問する日々が続きました。

そんな私を見て主人は、「なぜそんなに焦るの?無理をしなくてもこの子なりに日々成長しているじゃないか。そんなに急いで育てなくてもいいじゃない。この子の成長のリズムを見守ってあげればいいんじゃないかな?たとえ、人より成長が遅れようが、一般の子どもたちと同じように生活できなくても、僕たちがこの子の成長に合わせて見守ってあげることが親の役割だと思うよ」と励ましてくれたのです。

 その言葉に、自分が子どものためと思っていることが、すべて自分のために子どもを利用してしまっていたことに気づかされたのです。ふと見上げたところにあった鏡には、悲壮感にあふれた哀れな姿の私がいました。そして振り向くと、そこにはニコニコと天真爛漫に笑う娘がいました。確かに娘は、こんなにも愛らしく、成長していたのに、そこを親である私は評価できずに、数字合わせに必死になっていたのです。その時の気づきから、私はこの子に合わせた子育てをしようと、この笑顔を守るだけでいいと決めたのです。


 植物を育てるときに、いくら良い肥料があっても、肥料だけでは育ちません。水もあげすぎれば腐ります。その植物に必要な太陽と日差しと水と肥料があれば、植物は、そこで生き生きと成長し、立派な花を咲かせ楽しませてくれます。まさに私はこれぞ子育てに必要なことだと思えたのです。

そこで、私は、この子を育てるために必要なことを必要なだけすればいい。あとはこの子が本来持っている成長する力を信じて見守ろうと思ったのです。育児書はすべて処分しました。マニュアルは要らない、すべてはこの子が教えてくれる、それだけを信じてみよう、そして、その思いは、私の子育てのスタイルにもなりました。

おかげさまで娘は今、大学4年生となり、同級生と一緒に厳しい就活に挑んでいます。その姿からは、か弱さはなく、まっすぐに自分の夢に向かい、突き進む姿は逞しいくらいです。自分の夢をもち、希望を忘れずに、そこに向かう姿は、まさに太陽に向かい成長しようとする植物の姿に良く似ています。きらきらと輝いているその姿には、きっとこの厳しい時代を乗り切って、自分らしい花となって咲いてくれるのだろうと思っています。

植物も子どもも、純粋に成長する力を持っています。その成長を歪めてしまう原因のほとんどは、成長過程が影響すると思います。まずはその植物や子どもが持っている「種」がどんなリズムでどんなふうに育つかをしっかり観察して、芽になって葉を茂らせていく様子を見ながら、親は不足分を補うだけで良いのです。余計なものは逆に成長を妨げるのです。24時間、太陽が当たっていればやっぱり枯れます。日が当たるときもあれば、闇となる時間もあって、成長を高めるのです。

そして植物にとって大事なのは土。一見見えないけれど、土にこそ育てるための力が潜んでいます。見えないところで支えるということも子育てには大切なことです。親として、本来持っている力を素直に発揮させてあげること、そしてそれを信じることができれば、きっとそれぞれの素晴らしい種が素敵な花を咲かせてくれることでしょう。

2012723

松本美佳

 

家庭教育アドバイザー 家庭教育師

家庭教育支援協会 理事

自然療法治療室 松本鍼灸接骨院 セラピスト

ナチュラルセラピースクール M's touch 主宰

http://mstouch.net/

日本アロマコーディネーター協会 チャイルドケア本部講師

http://www.childcare-jp.com/

 

※お知らせ※9月〜11月 第2水曜日 10時〜

八洲学園大学の教室をお借りして、自然療法&家庭教育の講座を開講しています。