家庭教育支援協会
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実家に帰って感じたこと

  この2月に仕事の関係で沖縄の実家に帰ったときに感じたことを記してみようと思う。

実家に帰るたびにそうであるが、自分が生まれ育ったその場所のもつ力によるものであろうか、わずか数十年の時間など無きに等しい時間の遡及が体験され、過去のことが思い起こされる。なにも変わらない家の様子や、村の状況が、自分の数十年の時間を逆戻りさせる。故郷を離れた人が帰省した折に共通して感じることであろう。しかし、数十年の時間はいくつもの変化をもたらしていることは確かである。両親の老いについていえば、帰るたびにその変化に時間の流れの非情さを感じてしまう。

 

子どものころ、父親が四十半ばの齢であった頃の姿や表情、どのような顔をして子ども達に接していたかをまざまざと思い出しつつ、そのころの父親の年齢に現在自分自身があることに、あたかも舞台上の演劇の役回りを一瞬間だけ交代し演じているような感覚を覚えた。親の老いは、確実に自分自身の老いでもあることに気づかされるのだ。帰省するたびに感じさせられる時間の移り変わりのなかでの、なにも変わらないことと、時間の推移が創り出す非情なまでの変化に、自分自身がそれほど長くないであろう時間の経過のあとに父親の現在の年齢に達することを自覚させられる。その自覚を通して、やはり自分も確実に父親のようにさらに老い、そしていつか祖父のように亡くなっていくのだとの事実が実感をともなって体感される。老いた父の姿にそのまま自分を見るわけである。久々の実家への帰省という特殊な時間によってもたらされる感覚である。

 

このような両親の老いを通した自分自身の老いの感覚は、父親としての自分の立場から子どもを見るなかでも抱くものである。子の姿のなかに自分のありし日の姿を見る。子どもは迷惑かもしれないが、ああやはり自分の分身だなと思うことがある。この経験は多くの親がもつものであろう。父もまたいまや四十半ばを過ぎた息子である私の姿に自分の来し方を振り返る瞬間があったであろうし、またいまもあるのだろう。このような体験のなかでみているものは、親や子という関係性のなかにある〈連続性〉である。この〈連続性〉の実感を言葉で表現しつくすのは難しいが、感覚的には、自分のなかに両親の存在を分有しているという感じである。もちろん遺伝や、生体的な連続もその感覚を生みだす要因ではあろうが、いわゆる血のつながりだけに還元できない、なにかしら同質のものが繋がっているという感覚である。いわば〈存在の連続性〉というものが親子の関係のなかに実感させられるのである。

 

実家に帰ったおり、このようなことを感じたり考えたりしたのであるが、このような感覚はさほど特別なものではなく、この〈連続性〉の実感は人間がいつの時代でも経験してきたことだといえるだろうし、だれでも形は様々だが似たようなことを感じているだろう。しかしながら、この連続性についてよくよく考えていくと、この素朴な感覚は我々の自己と他者とのつながりや、現代の家族や社会の在り方についていろいろ考えさせてくれるのである。

たとえば、多くの民族で見いだせる祖先への崇敬の念は「先祖(祖先)崇拝」ということばでしばしば単純化されて理解されがちであるが、上記の人間の〈存在の連続〉というものへの直感に由来するものなのかもしれない。〈存在の連続〉に畏敬の態度をもって向き合うというこの在り方は、自分自身もその存在に連続するものであるがゆえに自己の存在のかけがえのなさというものを肯定することにつながるのだともいえる。

 

祖父母、親、自分、子、孫とつづくこの連続を縦に連なる繋がるものだとすれば、兄弟や親せきは横への広がりとすることができるだろう。家族におけるこの連続を別の言葉で表現すれば「絆」ということになるのだろう。家族の絆とは無条件にその存在のかけがえのなさが共有されている関係ということもできる。人間はこの絆や〈連続性〉のなかで自己を縦軸的な時間と横軸的な世界の広がりの中心にその存在を定位させているのだということができる。本コラム欄の先の平林さんが「家訓」の話で言及した先祖のことをどこまで認識しているかということはこのことと関係しているかもしれない。現代社会ではこの縦軸的なつながりがかなり限定的になってしまっているということがいえるのだろう。

 

ところで、自分が親の存在全体を分有し、自分の子がまた自分の存在を分かち持つというこの〈連続性〉・〈絆〉は血のつながりのなかだけにあるものなのなのか。血のつながらないものとは〈連続〉などなにもない他人ということになるのか。おそらくそうではないだろう。さきに述べた〈存在の連続〉に畏敬の態度をもって向き合うことが自己の存在の肯定につながるという場合の〈連続性〉は家族や親族を超えた人間のつながりという形で多くの伝統的な社会では共有されてきたのだといえよう。この場合、この連続性は共同性と言い換えることもできるのかもしれない。とはいえ、この人間の連続性は、歴史的にいえば血筋・家柄・不可触民など血のつながりのなかに狭小的に理解されて人間と人間を分断し特権意識を生みだしたり、差別したりする自他の境界を設定する根拠になることも少なくなかった。また親と子のこの連続性は、現代社会でも負の面に作用する事例もあることは確かである。たとえば、親の自己実現を子どもに求め、存在の肯定どころか子どもが手段化される場合などがそれである。

 

震災後、「絆」ということがいわれるが、われわれはこの連続性や共同性の重要性を、想像を絶する震災という出来事を契機としてあらためて気づかされたといってよい。人間の絆、すなわち連続性や共同性、無条件にその存在のかけがえのなさが共有される関係が、血のつながりのなかだけに狭小化されないかたちで現代社会のなかで構築されていかなければならない。このような人間と人間のつながりや共同性の構築は、家族や家庭のつながりの中にある関係性がモデルとなるだろう。理念的、抽象的ではなく家庭の人間関係にあるような具体的、身体的、感性的なものこそ重要となるに違いない。悲しみや苦しさや喜びなどがまさに自分のこととして共有される関係性である。

 

実家からの帰りの飛行機のなかでこのようなやや大風呂敷なことを考えながら、3.11以降、もはや戦後ではなく災後であるいわれる現在、自分になにができるのだろうかと問いながら、自分はさほど力になっていないが、家庭教育支援協会の活動はこのような社会の構築にむけた行動のひとつといえるだろうと思った次第である。これまでの活動での各講師の話やレクチャーはどこの家庭にもある問題、いわば痛みを共有し、親と子のつながりについて考えながら共同性を構築していこうとする内容であることにあらためて気づかされた。災後の「絆」の構築に我々の活動が地味ではあっても着実に取り組んでいることを再認識した次第である。このことの意義を自覚して活動していくことは重要である。

2012年4月16日 

家庭教育支援協会

平良 直

 

 


赤沼幸子著『本当は良い子になりたい〜絶望を問題行動で訴えるこどもたちから学ぶ〜』について

 

 今回は、本の紹介です。

 

 昨年(2011年)10月に亡くなった赤沼幸子先生のご遺稿が、今年1月、美しい本になりました。

 

 赤沼先生は、千葉県警で長年にわたり少年補導に従事された後、八洲学園大学教授として家庭教育関係の研究と教育に携わった方です。ご経験をふまえた講義の内容は、多くの学生の心に刻まれ、忘れがたいものとなっているようです。

 

 本のタイトルは、『本当は良い子になりたい〜絶望を問題行動で訴える子どもたちから学ぶ〜』(子どもを育てる101の提言)。

 

 この本は、問題行動でしか自己主張できない青少年の、言葉にならない苦悩の背景を伝えなければならないという、先生がかねてよりお持ちだった強い使命感から、ご闘病生活の中で、文字通り最後の力を振り絞って書き上げられたものです。

 

 全部で101の項目について、ほぼ各1ページの、短めで、たいへん読みやすい、あたたかな文章が連ねられています。それらが、第1章「悩む青少年に」、第2章「子育て中の両親に」、第3章「教師と地域の人々に そして思い出」という、三つの章に括られるという構成になっています。

 

 ほんの一部ですが、内容を紹介しましょう。私は先にこのコラムで「受け入れる」ということを取り上げましたので、それに関連するテーマから。

 

 66番目に「安心感」がテーマに取り上げられ、次のように指摘されています。

 

  子どもが家庭に求めているものは、素朴なものばかり。

  中でも、安心感を一番に求める。

81ページ)  

 

 ここを読んで、家庭に関して重要だと漠然と思っていたことの一つが、確証を得て、しっかりと意識されます。そして、このことを心にとめて読み進むと、たとえば77の「おしゃべりを止めない」に挙げられる具体例に目をとめないではいられません。

 

   「食事のときは、黙ってめしを喰え!」と叱られて、なぐられた子どもたちがいる。

   学校であった出来事を、一緒に食卓を囲む父親や母親やきょうだいに話した時だ。

 

   父親は自分のことで頭がいっぱいなので、考えごとをしていたその時に、子どもの

話が邪魔だったのだ。

 

   どうか、子どものおしゃべりを止めないで、聞いて欲しい。

 

   食事の時の、何気ないおしゃべりや会話が、子どもらの心に安らぎをもたらし、明

 日への希望を与えるのだから。

92ページ)

 

 他にもご紹介したい項目ばかりです。101項目のリストは、本書の制作に尽力された本協会監事の渡邉達生・八洲学園大学教授のブログhttp://blog.study.jp/yguwata/2012/02/101.htmlに掲載されていますので、参照していただければと思います(本の写真を見ることもできます)。

 

 本書はご遺族による自費出版で、書店では購入できませんが、各方面から反響があり、現在、最初の印刷分が残部僅少となっているとのことです。先日、千葉日報でも紹介されたそうです。近く増刷する予定とのことです。

 

 ご購入希望の方は、までメールをくだされば、取り次ぎます。1冊1,500円(送料別)です。代金の一部は、故人の遺志により東日本大震災の被災地に寄付されます。なお、増刷後の発送となりますが、ご了承願います。

                                                                                                                                                                                                                                                                          

2012年4月9日
理事

八洲学園大学教授

石井雅之

 


独りよがりの倫理観

 いつのころからか。一般常識とは違う、社会にあわない倫理観を持った人がふえてきた。 人がどのように思っても関係ない。 好きにしたい。そんな人が多い。

 かつて日本人が諸外国に尊敬されたのは 、日本人の人と人の和を大切にする礼儀正しい振る舞いや、威厳のある態度ではなかったか。それが短い時間になぜ失われたのか。

 先日、友人に呼ばれて出席したセミナーで「家訓」についての話を聞いた。昨年日本青年会議所の議長を務め、その会議体で家訓作りプログラムを開発したとのことだった。講義の際に1枚のシートを渡されて、自分から始まり、父親、母親、祖父、祖母、曽祖父、曽祖母の名前とエピソードを記入するというものだったが、私は祖父、祖母の名前がかけなかった。その時、先祖代々伝えられてきた家訓や掟、人間観、社会観などを私自身が断ち切ってきたことを悟った。

 日本には宗教はないと言われるが、先祖代々伝えたれてきた生き方の教えがあった。しかし、核家族化が進む中で私たちは先祖の教えを断ち切って、様々な情報の中から自分に都合がいいことだけを選んで倫理観や、社会観を構成してしまったのではないだろうか。親から注意された時に「そんなのは古い、今の社会は違う」という一言で人の生き方として変えてはいけないものを変えてきてしまったのかもしれない。

 でも、かつてのような大家族に戻ることはできないだろう。今私たちは改めて普遍的な倫理観を手に入れる必要がある。

 一時期、その役目を宗教が担おうとしていた時期があった。新興宗教は今の時代を生きるための新しい価値観や倫理観を提供しようとしていた。オウム真理教などには高学歴な信者が多いと聞く。彼らは日本人が伝統的な倫理観を失う中で新しい倫理観を築きあげることが必要であり、自分たちがその役をにない、日本を支配する思ったのではないだろうか。倫理観を構築するということは国体を変えるくらいの力を持つことに違いない。

 伝統的な倫理観が失われつつある今、改めて日本が日本らしさを取り戻すための倫理観の再構築が必要だと思う。

 そして、それを伝えて行くことが教育であり、家庭教育の中では父親の仕事なのではないだろうか。


2012年4月2日

理事
平林直人

八洲学園大学 職員
日本家庭教育学会常任理事
経営コンサルタント、小中高を要する学校法人を経て八洲学園大学に勤務

 


学期の切り替わり時期には、親子で振り返りを

 3月4月というのは、卒業進級進入学の時期ですね。子ども達にとっては、一年で最も気分を新たにしやすい時期、生活習慣を改めやすい時期でもあります。

 私が主宰する子育てを学ぶ親のための講座「家庭倶楽部」では、この時期に、必ず親子で「生活習慣の振り返り」をしてもらっています。今日はその方法について、お伝えしたいと思います。

 それは
『新学期を新たな気持ちで、ワクワク過ごす為の(親が子どもにかける)魔法』
であり、自己肯定感をしっかりつける方法でもあるのです。

 この「振り返り」の目的は、前年1年間を事実のままに子どもに反省させることではありません。子ども達が新たな気持ちで、新学期をワクワクしながら迎えらることができるように、気持ちの切り替えをすることにあるのです。ポジティブな思いで新学期に臨めるよう『やる気にさせる』ことが目的です。
 ですから、子どもができなかったこと・やらなかったことにばかり注目するのでは、お子様のやる気を引き出せません。「どうすれば自分が思うようにできるようになるのか」と考えさせることに着目していきます。

 さぁそのやり方についてお話致しましょう。

 まずはお子様に、この1年間を振り返り自分が「できた!」と思う成長ポイントを聞いてみてください。もしお子様が「できた!」点を見つけられない時は、どうぞ親御さんから見た「できた!」ポイントを話してあげてください。
 
 例えば
朝一人で起きられたこと、お風呂で身体を上手に洗えるようになったこと、弟妹の面倒をみたこと、お友達に優しくできたこと、ご老人に敬意を表し労ったこと、お買い物のお手伝いをしたこと、病気にならなかったこと、無遅刻無欠席、計算が速くなったこと、習い事の上達、成績があがったこと…等、どんなことでもいいのです。努力したことでなくていいのです。無意識にできたことだっていいのです。

 さらに「笑顔がたくさんあった!」「ごはんを残さず食べれるようになった!」こういうことだって、子どもが1年間積み上げてきた成長の証です。

「できたこと=成長したこと」

をお子様に気づかせてあげて下さい。

 次に「できなかった」と思うことを聞いてみてください。
「できた!」ポイントを探した時と同様に、お子様が「できなかった」ことを見つけられない時は、「お母さんから見ると、あと少しで○○ができるようになったと思う」「ママは、あなたならあと少しで○○ができたのではないかと思う」というように、「結果としてはできなかったけれど、あと少しでできたのではないか」という観点で話すことが大切です。

 「あと少しでできたかどうかなんてわからないのだから、いい加減な発言ではないか」と思われるかもしれません。でも考えてみてください。ここでの目的は、できない自分を自覚させることではなく、できる自分を自覚させることにあります。
 つまり親の全ての発言は「できる」を前提にしていくのです。そして「あと少しで」はとても大切なワードといえるのです。

 そして仕上げには
「新学期はどう過ごしていくのか」
これを子ども達に考えてもらいましょう。

 この時のポイントは、「私達親は、子どもが話し終わるまで、じっーと黙って聴く」ことにあります。カウンセリングでいう傾聴です。
 そして相槌は「なるほどね」「そう考えているのね」という程度にすること。
 
 子どもと親の時間間隔は違います。そして親が考える内容と子ども達が考える内容には、経験値の差からくる相違があるので、子ども達に考えさせる時間をたっぷりとることが、ポイントになります。

 私達親の役目は、子ども達がよりよくなれる自分に気づいて、その姿を十分想像し、ワクワクした気持ちで新学期を迎えるサポートをすることであり、『親が言いたいこと、思ったことを言う』のではなく
『子ども達の心に何が伝わったのか』に着目することが、大切なのではないでしょうか。

 是非親子で振り返りをしてみてくださいね。お子様だけでなく私達親も新しい春を迎えましょう。

2012年3月26日
副理事長
家庭倶楽部主宰・学校法人八洲学園理事
日本家庭教育学会常任理事・NPO法人いばしょづくり理事
和田みゆき
家庭教育ブログ「家庭の力」
http://ameblo.jp/miyuki-lifestyle/


絆凧

 私の俳句の弟子である澤浦照子さんが年末の句会で、「人の世の冬めく空に絆凧」という句を披露した。1月23日に未明より降り出した雪で東京の列車は混乱した。
 今年は雪が例年よりも多いようで、昨年の3月11日の東日本大震災で被災された方々はもっと苦労されておられるであろう。3万人近く亡くなられた方々、仮設住宅で生活されておられる方々、ともにその心中はいかばかりであったろうかという思いを寄せるしかすべはない。澤浦さんもこの地の出身の方で、大切なご親戚の方を亡くされた。

 昨年は「絆」という言葉に多くの方が思いを致した。無縁社会といわれていた繁栄が一瞬にして崩壊し、人々の結びつきがいかに大切であるかということを痛切に思い致した。復興に向けて、自衛隊の方々、消防隊の方々、多くのボランティアの方が被災地に出向き、黙々と被災跡を片付けておられた。

 「おかあさん、おげんきですか、生きていればいいね」、と書いた四歳の女児の子どもが忘れられない。家族の大切さ、家庭の大切さが改めて思い知らされる出来事であった。被災地の瓦礫は多くの人達の力で片付けられたが、家族を失った方々の思いは癒えることはない。肉親の方を失った思いは、想像で物言えるものではない。傍から「早く元気を取り戻して下さい」と申しあげても、それは虚しい同情の言葉でしかない。私は何ができるのであろう。

 天明3年(1783)に浅間山が大噴火を起こし、これが富士山、開聞岳と次々と連鎖した。浅間山から流れ出した溶岩は、鎌原村全部を埋め尽くしてしまった。これは現在、「浅間の鬼押し出し」として目の当たりにすることができる。477名が土石流の犠牲となってしまった。勘定吟味役根岸鎮衛は関東の奉行、代官、役人の総指揮を執り、復興に当たった。

 根岸鎮衛は、生存者をまず救助し、命のある人、生き物など犬猫に到るまで救出した。怪我をしなかった者や、比較的に怪我が浅い人達を集めて、別の土地を開拓開墾に当たらせた。新たに切り拓いた土地が、現在の群馬県吾妻郡嬬恋村である。開拓開墾を進めながら、年格好や気持ちが通じる者、他家の子供で親を失った子供達を加えて家族を作らせた。復興が進むにつれて家屋を造り、「新しい家族」を入居させた。こうして新たな家族・家庭は今に至るまで嬬恋村で村落を作っている。

 家族・家庭を失った辛い思い、悲しい思いを新たな村の名前にした。「吾妻郡嬬恋村」にその思いを象徴させ、新たな家族の出発としたのであった。その後、根岸は、被災地から亡くなった人の遺骨を拾うために、溶岩帯を切り拓いた。これが今日残る、一度は埋まってしまった鎌原村で、これも鎌原村として現在も村は営まれている。どうしても取り除くができなかった溶岩流は、今は「浅間の鬼押し出し」として研究され、一部は観察地となっている。

 復興で大事なことが「絆」であり、人々の結びつきであることが今、確認されつつある。復興に携わりながら、新たな若者の結婚も報じられている。それは大変嬉しいことであると同時に、若い人に限らずご老齢の方に至るまで、昔根岸九郎左衛門が取り組んだように、「新しい家族・家庭をつくる」ということも大事なことのように思われる。

 勿論、亡くなられた方への思いは消えることのない悲しい思いであるが、その悲しみのために自からせっかく助かった命を捨ててしまう人がいるのは、とても残念なことである。家庭教育アドバイザー、家庭教育師の方は、このような手助けをできる立場にもある。家庭の絆、家族の絆をもう一度築きあげるための手助けや援助にも力を貸して上げてほしいと思うのである。

 私の俳句の弟子は、きっとそのような思いを込めて、

   人の世の冬めく空に絆凧

と詠んだのであろう。凧にそう書いてあったのだ。

2012年3月19日
顧問
八洲学園大学 家庭教育専攻教授
中田 雅敏