家庭教育支援協会
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<家庭教育セミナーin大阪−家庭を幸せにする家庭教育支援講演・座談会>の参加報告記

 平成23年11月26日(土)13時〜16時半、大阪の八洲学園高等学校において、「思春期をどうすごすか」というテーマでセミナーが開催されました。

参加者: 一般15名 アドバイザー7名 先生5名 計28名の参加者がありました。

講演会の内容は下記の通りです。

 まず、和倉理事長より挨拶。その後講演会がありました。

講演1 中田雅敏先生 「どういう人生を送りたいですか」〜親子で進路を考える
講演2 木村孝子氏   「思春期のドロップアウト」
講演3 松本美佳氏   「思春期の『見守るケア』と『ふれあうケア』

 その後座談会として 平良先生進行のもと講師の先生たちと受講者との質疑応答がありました。

 <ここからは、私の雑感です。。。>

 中田先生の講演では、「青年期の特質」なるものがあげられました。今まさに、自分の子どもも真っ只中にいるな〜と感じました。例えば…自己主張が強くなり、他人からの忠告や親切も自分に対する干渉や束縛と考える…などです。
 会場にも同年代の方達が多く、みなさん頷いて聞いておられました。

 親が願っている子どもの姿と、子どもが願っている未来像とのすりあわせも、難しいですね。

 木村さんの講演では、ご自身の経験に基づき、不登校と向き合うヒントをたくさん話されました。 私が印象に残った事は、世間体をきにせず、腹を据えて子どもと関わることの大切さを感じました。

 松本さんの講演では、ご自身のこれまで培われた内容をわかりやすく話をされました。見守るケア、触れ合うケアのポイント 食のことなどを話されました。松本さんも 腹を据えていろんな活動をされていることがジンジンと伝わり、情報に惑わされず、自分らしく生きるという言葉が印象に残りました。

 参加者の皆様は、始め会場に入ってこられた時は、少し緊張されているような雰囲気でしたが、講演会&座談会が終わった後、皆さん『ありがとうございました』と素敵な笑顔をみせてくれたのが、とても印象的でした。そして大変熱心に聞き入っておられ、あっという間に3時間半がたったおように思います。質疑応答でも、活発な意見交換がなされ、盛況に終わりました。

 思春期の子どもを持つ親は、皆、迷ったり、困惑したりしながら、一生懸命対応をさがしているのだと感じました。

 本当に家庭教育は大切ですよね!

 これからも、もっともっと「家庭教育の大切さ」が伝わればいいなと感じました。

 先生やアドバイザーのみなさん、遠くから参加して頂き、本当にお疲れ様でした。皆様に会えて本当に元気を頂きましたし、私も頑張ろう!と勇気を頂きました。

 有り難うございました。

2011年12月5日
家庭教育アドバイザー
河野みゆき


現在の活動を通して

 現在NPО法人で、ニートやひきこもりの自立就労支援の仕事をしています。仕事を通して家庭教育支援の大切さを実感しており紹介したいと思います。

 全国でひきこもりは70万人とも80万人ともいわれています。求職活動や就労後につまずいてひきこもる、不登校が長期化している等さまざまです。このようなひきこもりの若者の就労支援活動をしていますが、若者だけでなく家族も支援をした方がより良い方向に向かいやすいことを実感しています。

 一般的にひきこもりの若者というと、ほとんどが成人しているため当事者に問題があるという見方が多いかもしれませんが、実態はいろいろなことが原因となっているようです。原因については、精神疾患、発達面、家族間の葛藤、不登校の延長、就労先が見つからず仕方なくなど、本当にさまざまです。そのため当事者は勿論、家族ですら原因がはっきりしない、どう対応したらよいのかわからない、周囲を気にしたり子育ての後悔や自責の念にかられたりと悩み続けているのが現状です。

 私は今から10年程前、教育機関で不登校の児童生徒と関わっていました。当時は不登校生の保護者を支援するというより、登校のため保護者から協力をしてもらうことが優先課題でした。そんな中、子どもだけでなく保護者支援をしながら一緒に模索したケースは、子どもの回復が早かったのでした。このようなことから、不登校やひきこもりの対応は、家族全体を見たてて支援することが良い結果につながると思っています。

 最近は、このような不登校やひきこもりの増加に伴い、当事者だけでなく家族支援もおこなうことが必要とされています。まさに、家庭教育支援の重要性を実感している毎日です。また震災以降、家族のあり方や社会貢献を重視する若者が増えていると聞きます。近未来は、ひきこもりの若者たちもきっと良い時代を築いてくれると期待しています。

2011年11月28日
家庭教育アドバイザー・家庭教育師
松田典子

<自己紹介>
 資格
 家庭教育師・家庭教育アドバイザー・教育、産業カウンセラー・キャリアコンサルタント・介護福祉士など。自身は50代前半で一男一女は20代で独立。
 子育てをしながら、さまざまな職種を体験し現在に至っています。 


おうちにかえりたい

 冒頭から季節外れの話題ですが、皆さんは今年の七夕の願い事はしましたか?
子どもの頃の願い事は思い出せますか?

 私は 八洲学園大学を卒業して、現在は3歳と6歳の子育てに追われる専業主婦です。
 結婚前は児童養護施設に勤めていました。職場結婚でしたので現在も夫を通じて施設の行事等で子どもたちと関わらせてもらっています。
 そこで今回は、私が施設の子どもたちとの関わりから感じた家庭教育についてお話させて頂くことにしました。

 
 タイトルの「おうちにかえりたい」は、毎年のように吊されるけれど、毎年違う子が願う短冊です。
 こちらの児童養護施設では。経済的な理由や親の精神疾患、虐待等の家庭の事情により適切な養育が困難となった2歳から18歳までの子どもたちが措置されて
います。措置理由は1つだけでなく、複数が複雑に絡んでいることも多いです。
元々戦争により親を亡くした子ども達の施設でしたが、現在は多くの子どもに親がいます。

 
親がいるのに一緒に暮らせません。

 
しかし、親自身が未熟であったり問題を抱えていても、周りに祖父母や友人、地域社会の気づきと支援が早期にあれば、養育環境も悪化せずに家庭で暮らせた
かもしれません。


 私が幼児を担当していた時、週末父親の家に外泊した子が嬉しそうに報告してくれました。「おうちでパパとカップラーメン食べたよ」と。衣食住が確保され、
職員達が愛情一杯注いでも、その子が望むぬくもりは親であり、望む居場所は「家」でした 。

 「親」とは何でしょう。「家庭」とは何でしょう。
  親との愛着関係が歪んでいたり希薄な子ども達の中には、人見知りなくべったり甘える子もいれば、暴言を吐いたり物や他の子や職員に当たったり、時に自
分も傷つけたりする事も少なくありません。
 相手の事を本当に信じられるか試してきます。自分の存在に価値を見いだせず自信も持てず、愛され方も知りません。信じて失うのが怖いからこれ以上自分が
傷つかないように自分を守ります。生まれて親から無条件で受ける無償の愛情は生きる心のエネルギーです。
 そして、どんな事情を抱え傷ついていても学校や社会の一員として生き抜いて行かなければなりません。家庭で親子一緒に暮らす子どもたちと。不十分な養育
環境の元で過ごしたために、コミュニケーションスキルの欠如、学習の遅れや不適応等の問題も抱えながら…。
 進路や卒園後の自立までを含めて外の現実社会は厳しいです。親子の信頼関係を元に行われる家庭教育は、生活習慣の獲得だけでなく価値観・倫理観にも影響
を与え、長い人生にわたって身についていくものです。

 それでは、施設で過ごす子ども達に私たち社会ができることとは何でしょうか。
 私は親子関係の修復、家庭環境が改善し帰ることが叶うことが1番だと思いますが、残念ながらすべての子が家庭に帰ることは困難な状況にあります。
 施設職員の役割は重要で多岐に渡ります。限界もあります。そこで職員の力だけでなく地域や社会との連携が必要とされます。こちらの施設では地域の行事へ
の参加や希望すれば高校生はアルバイトも許可されており、子ども達は社会常識を学び、社会性を育みながら地域社会を信じることに繋がっています。


  「おうちにかえりたい」

 それは「安心できる場所」で「愛されたい人(親)」に「愛し愛されたい」という切ない願い。子どもの努力だけでは叶えられない願い事。
 親は唯一無二の存在、裏切られて悲しんでも憎みきれずいつかは…と信じて待つ子ども達がいます。
 親と社会の責任を痛感させられます。ありふれた家庭、何気ない日常の幸せと尊さを教えてくれます。

 出会った子ども達との縁を大切に、今後もすべての子が家庭で家族に愛され育つことができる社会に向けて、家庭教育の重要性を問い続けていきたいと思います。

2011年11月21日
家庭教育アドバイザー
矢部恵美子


誕生日

不惑を迎え2か月ほどたつ。十の位が変わる違和感もやっと治まってきた。いつの頃からか、ただの通過点となってしまった誕生日。。。でも、子どもにとっては、自分の誕生日ほどスペシャルで素晴らしい日はないものだ。

わが子は小学生3人であるが、誕生月が隣接している。ついでに(?!)夫も近く、私の誕生日だけが半年外れてポツンとある状態だ。我が家では、夫の誕生日である2月から、毎月ケーキラッシュとなるのが恒例である。

夫の次は次男。あんこものが大好きな次男のために、お団子を洋風ケーキのように仕立ててくれるという九州の店に、ネットで注文を出していた。が、地震…。おかげさまで我が家は特に被害はなかった。しかし物流が止まり、町から食べ物が消えた。

こんな時に誕生祝い?!と思われるかもしれないが、次男にとっては年に一度の自分が主役の日。やっぱりその日はその日なのである。せめてなんとかできないものかと、小さな食料品店の行列に並んだ。店内まであと少し…というところで、たった一つ残っていたホットケーキミックスを誰かが手に取ってしまった。。。

2週間後の末っ子の誕生日には、もうデパートも部分的に営業を再開していて、ちょっとした生菓子も手に入るようになっていた。さらに1か月後の長男の誕生日は、ほぼ以前と変わらない日常生活に戻っていた。

震災に関するボランティアというと、がれき撤去のような力仕事を思い浮かべる方が多いかもしれない。子ども向けの支援も各種あったが、衣服や絵本を贈る活動が目立った。私も自分にできることはないかとあれこれ情報を集めたが、この視点はとってもいい!!と感じたのが、「被災地で誕生日を迎える子どもたちにバースデーケーキをプレゼントしよう」というものである。

誕生日とは、その子にとって何物にも代えがたい特別な日。家族にとっても、その子の成長を実感する節目の日。非常時にケーキなんてぜいたく品を…と眉をひそめるのではなく、非常時でも何でも、あなたの成長を心から喜んでいる、とどの子にも伝えたい。

この拙いコラムを、皆さんはどこで読んでくださっているのだろうか。。。東北以外の地では、いまさら地震の話?!台風のほうが大変だよ!という状態かもしれない。今杞憂するのは、東北の子どもたちが将来、放射線量の高い地域にいたということで差別を受けないか…ということ。すべての子どもが平等に笑顔で誕生日を重ね、明るい未来を迎えられることを切に願っている。。。

 

20111114

家庭教育アドバイザー

沖由香子


ユエナーリスの言葉

 筑波大学に勤務していた最後の数年は、役職を果たすために多忙をきわめたが、その頃、「一度入院でもしてゆっくり休みたいものだ」と、ぼやいたことがある。健康に自信があって入院などほど遠いことだと思っていたので、そんな傲慢な言葉をはいたのである。

 今年の夏、大学時代の同級生から久しぶりの電話があり、しばらく話した後で、70歳の誕生日を迎えたばかりのその友人は「70歳は、力衰え心も萎え始めるというイメージがあったが、今はそんなこととはまるで無縁で、60歳代とほとんど変わらない快調さだ。70歳なんて大したことはないよ」と息巻き、こちらも調子を合わせて、「そうだよ、70歳など気にしないで豪快に生きよう」と応じた。

 
しかし秋になって、1ヶ月ほど入院する羽目になった。突然のことで本当に驚いた。幸いなことに主治医の適切な処置で大事に至らず完治して退院できた。退院の時には医師と看護師のありがたさが身にしみて神々しく感じたが、同時に人生観が一変した。健康にいい気になって「入院でもしたいものだ」とか「70歳など問題ではない」と大言壮語して、健康に傲慢になりすぎていた自分に気がついた。ギリシア悲劇で語られる「ヒュブリス」(傲慢)に対する運命の「ネメシス」(報復)という言葉が頭に浮かんだ。健康それ自体はいいことだが、それについて傲慢になってはいけないのだ。

 2世紀初めを生きたローマの風刺詩人にユエナーリスという有名な詩人がいる。彼はこういうことを言っている。

「神々から何かを求めたいというなら、こう願うがよい。健全なる身体に健全なる心を宿らせてくれと。死の恐怖にも平然たる剛毅な精神を与えよと。人生の最期を自然の贈り物として受け取る心を、サンダナパッスルの色事や饗宴の羽蒲団よりも、ヘーラクレースの試練や残酷な積苦を進んで選ぶ心を願え。」

「健全なる身体に健全なる精神が宿る」という言葉は、本来は、「宿らせてくれ」という神への願いである。この祈りでは、生きている間は「健全な心」をもち、死に直面しては「剛毅な精神」をもつべきことが示されている。

「健全な心」とは「謙虚な心」ということである。いかに健康な状態といえども、つねに病や死に陥る可能性を宿しているから、その可能性を謙虚に見つめ自覚することが大切であって、健康を当然のことのように思うのは、むしろ傲慢な生き方なのである。

 ユエナーリスの言葉は、健全な身体の状態のうちを生きている者は、限りない謙虚な心(健全な精神)をもち、健康に感謝しつつ生きるべきことを教えてくれる。

(近況報告までに)

201111月7日
顧 問

水野建雄

八洲学園大学 教授