家庭教育支援協会
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家庭の変化の予兆

「恋愛しない若者たち 〜コンビニ化する性、コスパ化する結婚」(牛窪 恵著)を読んで、これから起こるであろう日本の社会の変化、家庭の変化の方向性をうかがい知ることができた。
 我々の世代にとって恋愛と結婚は一体であるとの考えが多く、出会った異性に甘酸っぱい恋をして、恋を成就して結婚し子どもを育てるという、生命保険会社や、引っ越し業者のCMのような家庭を築きあげることが理想である。日本の高度成長期を体験し、給料が経験とともに増えていく未来を描けた我々は将来家族を養っていけるだろうから、理想のパートナーを見つけて幸せな家庭を築こうと思った。しかしこれは私のような男から見た恋愛結婚観であり、今の若者を中心に違う考えを持つ人が大勢いるのではないか。そんなことを思い知らされた。
 
 パブル崩壊を機に、社会が大きく変化し、それまでの社会観、家族観が全く変化してきている。日本社会も日本経済も成長を止めたことから、将来の給料や経済力が今よりもよくなるとは思えない。そんななかでも生きていくためには、他者の経済的な支えが必要になる。そこで、多くの人が家庭を大切にするようになった。特に若者は、日本の社会や、日本の大人に対する不信感から母親に寄り添うようになり、母親に取り入ることで生活を安定させたいと思っている。しかし、父親はそうはいかない、母親だけである。家庭の中心に女が居る、そんな平安貴族のような家庭感が戻ってきている。男の子も女の子も母親とデートする。彼氏や彼女とのデートよりも母親とのデートの方が楽しいという。母親はこれを喜んでいるかもしれないが、気をつけたほうがいい。
 
 若者たちにとって恋愛はリスクである。告白しても振られて傷つくかもしれないリスク、付き合うのにお金がかかるリスク、セックスで子供ができるリスク、別れた相手がストーカーになるリスク、リベンジポルノのリスクなど、恋愛には様々なリスクがつきまとう。そんなリスクを負うくらいなら恋愛はしたくないという若者が多いというが、私は恋は素敵なものだから是非しなさいと言ってあげたい。恋愛はしないものの、若者の7人に1人には複数のセックスフレンドがいる。その相手は母親の好みには合わないと考えているので、母親に紹介しないし結婚しようとは思っていない。そのことを相手にも伝えているが、相手も気に留めていない。
 しかし彼らには結婚願望があり、その理由は母親が望むからである。母親を安心させたい、母親が望むように結婚したいと思っている。しかし彼らの考える結婚は我々とは違う。財布は別々で、相手の収入は知らないが、共同生活を成り立たせるための生活費はお互いが折半して負担している。それは、男の中にまだパートナーよりも収入が少ない事をコンプレックスに思う人がいて、それをお互いが知ることがリスクになるからである。一人の時間を大切にし、冷蔵庫の中までお互いの陣地を守っている。財布を一緒にしないので、別れる時のリスクが少ない。そして、子供を作ることもリスクである。そして、最も重要なのは結婚によって、自分の生活や老後の資金計画が狂うこと、あるいはパートナーとの生活で自分の老後の資金計画が安定することで、結婚はコストパフォーマンスであると考えていることである。
 
 私は、結婚がコストパフォーマンスであると考える若者たちに違和感を持ったが、実は我々の世代も一緒であった。親しい友人の女性は新婚当初からDVを受けており、老後はご主人と一緒に住むつもりはないし、10数年間生活するだけの蓄えがあることを教えてくれた。別の女性はご主人と離婚して、慰謝料を請求しなかったが、子供がご主人の遺産を相続するから今焦ることはないと言っている。守るべき資産も家もがない我々のような家庭には、自分がこの先どのように生きていくかが重要になる。
 そして、将来は、複数の男女の共同生活のような結婚の姿もあり得るのではないだろうかと、著者は言う。狩猟民族のように(もっと言えば、猿のように)、複数の男女がコロニーを形成し、あるものは外へ金を稼ぎに行き、あるものは小さい子供の面倒を見るような。
 現在の家庭のあり方は、平安時代後期の武士の台頭から始まり、男が家を継ぎ資産を守り、そのために人が犠牲になるという男尊女卑の家族観である。これからは、平安時代以前のように、男女が対等で個人個人が緩く結びつく家庭観に変わっていくだろう。
 
 そんな社会に我々は何ができるのだろうか、伝統的家庭観から、新しい家庭観に移行した時に親子の関係、家庭と社会との関係が大きく変化することは間違いがない。個人化が進み、リスクを重視した人間関係が進む中、家庭教育にできることは何だろうか。
その時に教えなければならないのは、「人間とは何か」であると思う。家庭でも、教育の場でも人間とは何かを考えさせること、伝えることで日本社会の分化、不安定化を防ぐことができると考えられる。宗教観が育たない日本で、人が生きるためのの基準はどのように築かれるのか?
 
 今こそ、哲学復興の時代ではないだろうか。
2016年5月31日

平林直人


春〜雑感〜

 桜の便りもここ北東北では、やっとこの数日満開の便りが聞こえてきた。私の住んでいる所はちょっと北のせいか6分咲きくらいである。このコラムが載る頃には果たして満開だろうか。今年は例年より早いと言うけれど、先日は日中雪が舞ったりした。

 

 こぶし、紅梅、白梅、、木蓮、レンギョウ、そして桜と東北の春は一気に押し寄せてくる。

幼い頃、春は本当に待ち遠しかった。12月の厳しい寒さから3月になるとほのかに日差しが柔らかくなる。三寒四温をまさに身をもって感じられるのだ。厳しい寒さからやっと開放されるのが春。だから私にとって桜はひとしお特別な花なのである。

 

 ところがである。あれほどまでに待ちに待った桜の季節に以前ほど感動を覚えなくなったような気がする。どうしてだろうとふと考えた。日々の忙しい生活に追われているから?年を取るにつれて感動しなくなってる?いやいや感動する事には自信がある。とにかく近頃は涙もろいことこの上ない。では何故?

 

 子どもの頃、冬の朝、何しろ着替えるのがいやだった。暖かい布団から出た時のギャップ。部屋が寒い。寝る前に次の日に着る洋服を布団の中に入れて暖める。それでも着替える時はどうしても一度は冷えた空気に肌をさらす。だから冬はきらいだった。ところが昨今の北国の住宅事情はまるで違う。タイマーさえつけておけばパネルヒーターが家中の部屋を暖めてくれる。外は氷点下10度近くでも家の中はポカポカ。ぬくぬくとして起きられる。

 

 今さらながら、昔に比べて便利になったものだ。その便利さで私たちは豊かになったと思っている。しかし、心の豊かさはどうなんだろう。子どもの頃過ごした長い冬。そんな日々を重ね過ごしたからこそ、春を春として強く実感できたのではないだろうか。 生活の豊かさと引き換えに心の豊かさを失っているような気がして妙に寂しい気持ちになってしまった。でもだからといって昔に戻れるかと聞かれたら・・・無理、無理、ムリムリ。

 

 近々、94歳になる母を連れて桜を見に出かける。城跡公園は桜の名所である。せめて満開の桜を親子でゆっくりとじっくりとめでてこようと思っている。

 

                                                 2016425

                                              家庭教育アドバイザー 

                                                       いつこ

15の春

 今春、娘の高校受験が無事に終わった。公立中学校へ進んだ者なら誰しもが通らねばならない試練の時、「15の春」だ。 私はこの一年、自分の受験時代を思い出しては、娘に発破をかけてきた。努力が報われることをただひたすらに祈りながら、いわば、母としての「15の春」を迎えたのである。
 合格発表の朝、最寄り駅から高校までの数分の道のりを、「見に行きたくない」と何度も呟く娘に「大丈夫、大丈夫!」と励ましているつもりが、本当は不安に押しつぶされそうになっている自分に言い聞かせていた。思えば、私は自分の合格発表を「見に行きたくない」と言って、母一人に行ってもらった。家から高校までの長い道のりを、あの時、母はどんな気持ちで歩いて行ったのだろうか? 
 正門を入ると白い紙に合格者の受験番号が網目のように書かれていた。目の良いことをこの日ばかりは恨んだ。あえてぼんやりと眺めていると、娘の番号だけが飛ばされている!蒼白な娘の顔を想像しながら振り返ると、「なんかあるみたいなんだけど、、、見てきて」とうっすら笑みを浮かべている。どうやら慌てていた私は、受験番号を間違たようだ。番号を見つけると、思わず娘を強く抱き寄せ「よく頑張ったね!」と背中をなで、涙が溢れた。 そういえば、あの日、母は学校の公衆電話から「あったよ、おめでとう!」と合格を告げてくれた。たぶん、1台の電話に長蛇の列を並んで掛けてきてくれた電話だったのだろう。不安をただ一人でじっと耐え忍び、抱き寄せる肩もないまま喜びを噛みしめていただろう今は亡き母を思うと、別の涙がこぼれた。
 こうして、私は母になって初めて母の思いを知る。そしてまた親としての心構えができる。
 
 受験は結果が全てではない。その日までの長い道のりに、それぞれの親と子の、それぞれの物語が生まれるのだろう。そして、幾年も脈々と流れてきた家族の歴史を受け継ぎ、新たな物語をまた次の世代へ遺していくのではないだろうか。 
 母になって、母の思いを知る。 それが、母から私へバトンが手渡された時なのかもしれない。
 
 いつの日か、私のバトンを娘が受けとってくれる日を思い描きながら、私にとっての「15の春」をかみしめていた。
 
2016年3月28日
家庭教育アドバイザー
中島 佳世

理由が分かれば自律できる

 私はあるボランティア団体で、「脳を守り、脳を育てる」という啓蒙活動をしております。
 そんなある日、小学校から生徒、父兄を対象に「ゲーム脳」について話してほしいという依頼を受けました。 
 学校では早寝早起き、ゲームやテレビ、DVD視聴時間の制限(平日1日合わせて1時間)などに取り組んでいますがなかなか成果が上がっていないようでした。
 ご承知かと思いますが、「ゲーム脳」という言葉は、日本大学文理学部体育学科の森昭雄教授の著書『ゲーム脳の恐怖』(2002年7月NHK出版)の中で使われた、前頭前野のβ波が低下した状態を表す造語です。マスメディアにも取り上げられ大きな話題となりましたが、根拠となる実験方法などに批判が出て、疑似科学とまでいわれ次第に聞かれなくなっていきました。こうしたことから、この言葉を使用してお話をすることには消極的にならざるを得ませんでした。
 そこで、生活習慣と脳との関係について、つまりなぜ早寝早起き朝ごはんが大切なのか、なぜ長時間のテレビ視聴やゲームがいけないのかを脳の働きを説明することでわかってもらおうと考えました。
 内容は、
  生体リズムについて…人は体に備わったリズムで1日を過ごしている。(すべて脳が指令)これが崩れると体にいろいろな悪い影響
 がでてくる。
  ★朝日を浴びると目が覚める→朝ごはん(脳に、寝ている間に空になったエネルギーを送るため)→
   勉強(脳は午前中が一番よく働く)→  昼食→運動(筋肉が温まって動きやすくなる)→夕食(明朝まで
   のエネルギーを摂る)→体温が上がって寝る準備が始まる→ぐっすり眠る=生体リズム

  *肝臓は脳のエネルギーのブドウ糖を12時間分ほどしか貯められない。寝ている間に脳のエネルギー
    は底をついてしまう。エネルギーが切れると脳の働きは悪くなる。だから朝ごはんが重要。
  脳の働きの簡単な説明…大きく分けて3つ=大脳・小脳・脳幹
  【前頭前野(大脳の一部)の働き】
  ★前頭前野は知能の源であり、考える、覚える、経験を生かす、アイディアを生み出す、感情をコントロ
   ールする、決断する、我慢するなど、  人間らしさ、理性を司る大切な部位。

  情報の伝わり方と神経細胞のネットワーク
   ★感覚器官から情報が送られてくると、脳の神経細胞の中を電気の信号が流れ、次の神経細胞へと
   情報が伝えられていく。同じ情報が   何度も伝わると、一番効率のいい「道=神経細胞ネットワー
   ク」が出来上がり、情報が瞬時に伝わるようになる。ゲームが上手くなったり、本がすらすら読めるよう
   になるのは、この神経細胞のネットワークがたくさん張り巡らされるから。ネットワークをたくさん作るこ
   とが脳を育てること。

  ★長時間のゲームやテレビ視聴時は前頭前野があまり働いていない場合が多いから、成長期の子供の
   脳を育てるためにはよくない。またゲームをしているとドパミンという多幸感をもたらすホルモンが出て、
   止められなくなる場合がある。

  ★ゲームやテレビの使用時間が1日1時間以内の人と、4時間以上の人のテストの結果を調べてみると
  10点以上の差がある。(2014年文科省実施全国学力テストの調査結果から)
  眠りと脳の働き…眠りにもリズムがあり、深い眠りと浅い眠りを交互に繰り返している。
   浅い眠りのときは大脳では前頭前野だけが休んでおり、昼間の学習や経験を整理して記憶として脳に  
  書き込んでいる。またこのときだけ夢を見ている。

   深い眠りの時には成長や体調に関係する成長ホルモンがたくさん分泌される。特に夜10時ごろから
    数時間が1日のうちで一番たくさん分泌されるといわれているので9時から9時30分までには布団
    に入って眠る事が大切。夜更かしをして生体リズムや睡眠リズムが崩れると脳の成長や体の成長、
  体調が悪くなる。
  暇な時間を作ろう…もし何もすることが思い浮かばなくて暇だなぁと感じたらリラックスしてボーとしてみ
  よう。すると脳は勝手に働きだして、いろんな事が浮かんでくる。そんなときに今まで気がつかなかった
  ことや、いいアイディアが浮かんだりすることがある。そんな時間を持つこともとても大切。

などで、小学校低学年の生徒にも理解できるように、絵をふんだんに使い、できるだけ分かりやすい表現で行いました。
 生徒たちは各々のレベルで自分のこととして考え、
・生体リズムに合った生活に取り組みたい。
・寝ている間に勉強したことが脳に整理整頓されて記憶されるとは知らなかったので、よく眠ることも大切なんだと分かった。
・しっかり早寝早起きをして大きくなりたい。夜更かしすることが多かったので変えたい。
・脳の働きをはじめて知った。脳について調べてみたくなった。
・リラックスした時間を持つことも大切だと知ったので、暇なときは音楽でも聴いてリラックスする時間をとりたい。
・ゲームやテレビが1時間以内の人たちと長い時間やっている人たちでは、こんなに成績が違うことに驚いた。私は、ゲームはあまりしないけどテレビを見る時間が長いので気をつけたい。オフタイマーを使うことにした。
・ゲームをやれば楽しいけど、脳では楽しいことが起こっていないとわかった。ゲームを減らす生活をしようと思う。
・私はゲームを1回始めると止められなくなる。今日の話を聞いて、やりたい気持ちを抑えようと思った。
また父兄からも
・ゲームは目が悪くなるという印象があったが、脳にどんな影響があるか知りたかったので参加した。子供はゲームが大好きで1日中ゲームのことを考えている様子で心配だったが、今日の話を聞いて子供にもゲームのしすぎはよくないということが伝わったようでよかった。
・どんどん成長する子供たちの脳を守るためには私たちの生活を見直し、また家族全員の協力が必要だと感じた。
・ゲームが脳に与える影響が気になって参加した。時間を決めていなかったのでこれからは気をつけたいと思うが、話を聞いてからは子供の方が気にしているので、自分で気をつけてくれると思う。
などの感想をもらい、想像していた以上の反響がありました。
 闇雲に制限時間を守らせようとしても、また早寝早起きをさせようと思っても、小学生の年齢にもなるとなかなか親の言うことを聞かなくなってきます。また親のほうもその根拠をしっかりわかっていなければ思いを子供に伝えることは出来ません。
 自律しなければいけない理由を知って、さらに振り返って考えさせることは、自律を育むための1つの方法ではないかと思い
 
2016年2月1日
家庭教育師
家庭教育アドバイザー
認定心理士
北島眞由美

台湾で育つ子供たち

 最近よくお母さん達に話すことがある。それは児童の発達過程であるギャングエイジ(集団を作る小学校高学年頃の子供たち)として、仲間と過ごす体験の大切さについてだ。

 台湾に住んで感じる事の一つは、親子の関係が親密な事だ。学校で目上の人を大切にしなければならないという儒教を習う。だから、社会の風潮として、親や老人をとても大切にする。そして、恩返しのために親に送金したり、頻繁に実家に帰ったりする。

 台湾の国土が九州程であるのに対し多くの民族が暮らす。客家人は全人口の一割強を占める。現代でも生粋の客家人はいるし、客家人が多く住む地域もある。客家の名の由来は、客の様に土地に根付かないという意味がある(今は違う)。少数民族として助け合って生活を続けてきた。血縁者の絆は強く、親にとって子供は自分を助ける大事な存在だから、輪の中で輪の一員として育てる。

 反対に、日本人は「単一国家、単一民族、共通語は日本語」で育った。どこまで行っても、同じ国、同じ民族、同じ言葉。可愛い子を遠くまで旅をさせることが物理的に可能だったろう。

 更に、例えば、詰込式教育重視の時代に育った夫の世代は、少しでも良い学校に進学することが良い生活を手に入れるために必要とされたし、娯楽に興じるゆとりがなかったのも事実だろう。日本の義務教育では、家庭科や技術科など生活に必要な授業もあった。友人の台湾人女性は、学校でミシンがけを習わなかった。私が直線縫いをするのを見てひどく感動した。

 台湾の子供たちは今も昔も、放課後は家や塾で勉強をして過ごす。息子も毎日8時まで勉強する。もし仮に時間があったとしても、台湾の都市部には子供がギャング集団を作る場所がない。マンションの敷地から一歩外へ出ると四車線の道路と車が猛スピードで走っている。街に子供の姿はない。治安の不安から、小学4年の息子が一人で外に出る事は希だ。子供たちは一体どこでギャング集団を作ればいいのだろう。

 私は小学生時分、野山を駆け回って、友達と親の居ない世界でたくさん冒険した。友達は親が教えない事をたくさん教えてくれる。頭を使ったり、知恵を絞ったりして冒険する。親の価値観から脱し、広い世界を作る事が未来を逞しく生き抜くためには必要ではないだろうか。

 台湾でも日本でも親たちは将来、より楽な生活をさせたいと子供に色々なものを与える。自然環境の多い小学校へ入学するために転居したり、小さいうちから様々な習い事をさせたりする。そして、落ちこぼれないよう必死で勉強させる。しかし、学校の勉強は、たとえテストの点が10点上がっても、同じように平均点が10点上がったら、人より抜きん出ることは出来ない。後は、過酷な競争があるだけだ。

 目的は子供が自分の力で、生活資金を得ることだ。これからの世の中こそ、単一的なやり方では人の上に立つことは出来ない。自分の個性と自分しか出来ない事でお金を稼ぐために知恵を絞る事が大事だ。子供に全てを与えるのではなく、自分で考えて創り出す力を育まなければならない。「ベスト1」ではなく、「オンリー1」の意味がここにはある。

 

2016111

家庭教育師・家庭教育アドバイザー

台湾 Simpu Kids House主宰

冨田加奈子